天保の国束山

勢州田丸領涌福智山国束寺一山惣絵図

勢州田丸領涌福智山国束寺一山惣絵図

 

天保年間の国束山。古刹国束寺 大伽藍の様子。

天保五年(1835)当時の住職覚雄上人の書いた『勢州田丸領涌福智山国束寺一山惣絵図』です。昔は衝立でしたが今は掛け軸になってるので、しまいっ放しです。
今日は取材の為、久しぶりに掛けました。
この当時、今の国束寺、国束山を誰が予想出来たことでしょうか。しかし覚雄住職がこの絵図を書いてくれたおかげで、当時の状況を詳しく知ることができ、後世に偉大であった国束寺の存在を伝えるが出来ます。そしてまた山上に復興しなくてはとの思いが強くなります。
この山上絵図は、国束寺再興への指南書です。

天保の国束山” に対して2件のコメントがあります。

  1. にぃにぃ より:

    どこの媒体が取材に見えたのですか?
    この掛け軸等の一般公開はあるのでしょうか?

  2. しんじゅん より:

    かなり大きなもので出すのに非常に手間がかかるため、原則非公開です。
    久々に虫干しをしようと思っていたところに、あるネットサイトの取材とタイミングが合いました。

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