天保五年(1835)当時の住職覚雄上人画
勢州田丸領涌福智山國束寺一山惣絵図

昭和34年まで衝立でしたが、この年の伊勢湾台風で被害が生じ、それ以後は掛け軸として保管しております。
この当時、今の国束寺、国束山を誰が予想出来たことでしょうか。しかし覚雄住職がこの絵図を書いてくれたおかげで、当時の状況を詳しく知ることができ、後世に偉大であった国束寺の存在を伝えるが出来ます。そしてまた山上に復興しなくてはとの思いが強くなります。
この山上絵図は、国束寺再興への指南書です。

勢州田丸領涌福智山国束寺一山惣絵図

勢州田丸領涌福智山國束寺一山惣絵図